No.106:世田谷の八幡宮の謎(3)[東京]
(2011-01-01 23:34:28) by 松永英明


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◎世田谷区北部の八幡宮をめぐる

さて、前回まで「世田谷の八幡宮のうち、吉良氏にゆかりのある八幡神社 は、丘の南斜面にあるものが多い」ということを実際に回っていきました。

というわけで、世田谷の北部にある残りの八幡神社を訪ねて、これまでの 法則が通用するのかどうか、さらに探っていきます。

地図はこちら。このルートの後半です。

写真は点数が少ないのですがこちら。 http://f.hatena.ne.jp/GeniusLoci/No106/?sort=old

世田谷八幡宮から経堂駅(小田急線)を越え、北へと向かいます。

◎勝利八幡神社=×

勝利八幡神社は丘の上にあります。坂を登っていくので期待していたので すが、丘を登り切った平坦なところに神社がありました。丘の斜面ではな く丘の上ですので、今までの神社とは雰囲気が違います。鳥居と本殿もま ったく同じ平面上。

<画像:勝利八幡神社>

周囲を少し走ってみますと、すぐ北側に下り坂がありました。そして、日 大のグランドの横がおそらく川が流れていたであろう緑道となっています。 この緑道は神社の北から東にかけて進んでおり、勝利八幡神社は丘の上、 東の際に近いところに建っていることがわかりました。

これはこれまでの吉良氏系・丘の南斜面八幡神社とはまったく異なります。 境内の由緒書きによると、「平安時代 万寿三年(一〇二六)京都府八幡 市に鎮座する石清水八幡宮より勧請し、創建された神社」「天明八年(一 七八八)に再建された社殿は、平成四年十二月に世田谷区指定有形文化財 に指定されました」とあります。

平安時代に創建されたとすればこれは本当に古い神社となりますが、世田 谷区教育委員会の「せたがや社寺と史跡」という資料によれば、 「いいつたえによると、はじめは天からふっできた「お伊勢さま」のお札 を御神体としてまつってあったが、甲斐の武田氏と小田原の北条氏の合戦 の後、小田原の武将鈴木氏一族が上北沢に移り住み、八幡社をまつるよう になったというが、真偽はさだかではない」とあります。鈴木氏は吉良と 同じころに上北沢の地頭となっていたようで、遅くとも16世紀にはこの地 に来ていたことは間違いないようです。

参考→上北沢「鈴木家」考 - 桜上水 Sakurajosui Confidential 桜上水

Tags: 世田谷, 八幡神社

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